二度目の結婚は、溺愛から始まる
朝一番でチェックしたF県の天気予報は、晴れ。
道路情報にも、渋滞や事故の知らせはなかった。
(免許証は……お財布に入れた。車のキー……ある。地図……カーナビは、よくわからないけど柾がセットしてくれたはず。お祖父さまと柾からのプレゼントは、ちゃんとトランクに入れた。一泊用の荷物も詰めたし……)
初ドライブデートの準備は、万端だ。
鞄の片隅に忍ばせた蓮の手帳に向かって、「応援してね」と心の中で呟く。
蓮は、どうして今日旅行に出かけたいのか、訊ねることはなかった。
なんとも思っていないからではない。
目を逸らし、考えないようにしてやり過ごすためだ。
悲しみや苦しみが溢れてしまわないようしっかり心に蓋をして、無理やり「いつもと変わらぬ一日」を演じるのだろう。
わたしがずっとそうしてきたように――。
(でも、それも今日でおしまいよ。あとは……スマホ……あれ? スマホ、どこ……?)
荷物を入れた鞄、貴重品を入れた鞄を探り、ポケットを確かめるが、見当たらない。
視線を巡らせ、ベッドの脇に置き去りにしていたスマホを見つけて、慌てて取り上げた。
(ふう、危な……って、充電器も!)
充電器をコンセントから抜き、宿泊用の荷物を詰めた鞄へ入れようとして、ハタと手を止める。
(あれ? わたし、化粧道具はどうしたんだっけ……?)
鞄の中に入れたはずが、行方不明の化粧ポーチを探る。
ごそごそガサガサ、落ち着きなく荷物をひっくり返しては詰め直していると、蓮に呼びかけられた。
「椿」
「ん?」
「忘れものだ」
振り返ったわたしの目の前に差し出されたのは、化粧ポーチに下着や着替え一式。
蓮のものではなく、「わたしのもの」だ。
「どこにあったの?」
「いま、俺が用意した。昨夜、俺のものだけ準備して、自分のものは準備していなかっただろう?」
「…………」
改めて、蓮が用意してくれたものを鞄に詰め込み(やっぱり下着は赤だった)、今度こそ準備万端……のはず。
「こんな早くに出かけるなんて、途中でどこかに寄るつもりなのか? 宿にチェックインできるのは、午後からだろう?」
いつもよりは遅く起きたけれど、まだ九時前だ。
訝しむ蓮に、「着いてからのお楽しみ」とだけ返す。
今夜泊まる予定の温泉宿のことは話したが、そのほかの予定――小旅行の目的については、未だ秘密にしていた。
「目的地がわからなければ、辿り着けないだろう? 椿のナビじゃ、確実に迷う。せめて方角だけでも事前に把握しておきたいんだが……」
「失礼ねっ! ちゃんとカーナビをセットしたわよ!」
「……セットした?」
「今日は、わたしの車で、わたしの運転で、出かけるのっ!」
パンツの後ろポケットからマイカーのキーを取り出して見せると、蓮は目を見開いた。
「車って……椿、まさか……」
「免許、取り直したの。柾を横に乗せて練習したから、車線変更も、車庫入れも完璧よ!」
「そういう問題では……」
「柾とお祖父さまが安全で頑丈な車を選んでくれたから、大丈夫!」
車に詳しくないので、色だけはわたしの好みでマゼンタにしてもらい、あとは柾と祖父におまかせした。
二人が選んでくれたのは、女性に人気だという国産のコンパクトカー。
視野が広くて運転しやすく、気に入っている。
「何が大丈夫だ……」
「最近は、いろんな機能も搭載されているのね? 衝突回避支援ブレーキ機能とか、車線逸脱警報とか、後退時ブレーキサポート機能とか……」
どうにか蓮を安心させたくて、ディーラーの営業担当から聞かされた受け売りの「性能」や「安全性」を説明してみたが、効果はなかった。
「そういう問題じゃないっ!」