二度目の結婚は、溺愛から始まる
声を荒らげた蓮が手を伸ばし、キーを取り上げようとしたので、慌てて後ろ手に隠す。
「貸せっ! 俺が運転するっ!」
「イヤっ! 大丈夫って言ってるじゃないっ!」
「おまえが大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだっ!」
「安全運転するものっ! 初心者マークも付けてあるしっ!」
「こっちが気を付けていても、相手が突っ込んで来ることだってあるだろうがっ! あの時のように……」
蓮の顔は青ざめ、握りしめた手が震えている。
たくさんの車が行き交う公道を走る以上、どんなに気をつけていても百パーセント安全、大丈夫ということはあり得ない。
けれど、七年前とはちがう。
今日とあの日は、「同じ日」ではない。
「あの時とは、ちがう」
「どうしてそう言い切れる?」
「だって、蓮が一緒だもの。文字通り、一蓮托生ね!」
蓮は、深々と溜息を吐き、休日モードで下ろしている前髪をぐしゃりとかき上げた。
「……心労で俺を殺す気か?」
「吊り橋効果で、恋に落ちるかもしれないわよ?」
「あれは、ただの錯覚だ。しかも、容姿が魅力的でなければ逆効果になる説もあると知ってるか?」
呆れ顔でそう言われ、項垂れた。
(……つまり、わたしでは効果がないってこと?)
自分が美しいだなんて、思ったことはない。
けれど、蓮に――好きな人に面と向かって言われると、落ち込む。
「あのな、椿。美しいから好きなんじゃなく、好きだから美しいと思う。そういうことだろ?」
「……別に、無理して慰めてくれなくてもいいわよ」
「無理はしていない。俺は、椿の全部が気に入ってるって言っただろう?」
「本当に?」
「もちろん、本当だ」
ふわり、と抱きしめられてほっとしたのも束の間、蓮がこっそり車のキーを取り上げようとしていることに気づき、その胸を押し返す。
「ダメっ! わたしが運転するの!」
「椿、頼むから…………今日だけは、やめてくれ」
悲痛な表情で訴える蓮に、心が折れそうになる。
手っ取り早く蓮を安心させたいなら、譲ってしまえばいい。
でも、それでは意味がない。
それでは、わたしたちは前へ進めない。
「今日だからこそ、わたしの運転で行きたい場所があるのよ!」
「…………」
「もし、途中で無理だと思ったら、蓮に運転してもらう。だから……お願い」
蓮にとって酷なことを要求しているとわかっていても、今日だけは引き下がれない。
じっと見つめるわたしの前で、俯き、沈黙していた蓮は、やがて深々と息を吐いて「わかった」と呟いた。
「少しでも危ういと思ったら、即刻運転を交代するからな?」
「了解です」