二度目の結婚は、溺愛から始まる
七月最後の日曜日。
朝一番で、約束どおりに梛と花梨に証人としてサインしてもらった婚姻届を役所へ提出し、わたしと蓮は二度目の結婚をした。
晴れて法律上の夫婦となった二時間後、初めての結婚式を神前で挙げた。
式には、実の家族だけが――継父ではなく、長年顔すら合わせていなかった実父が参列した。
これからも、よほどのことがない限り実父と連絡を取り合うことはないだろうと思う。
だが、式に来てくれてよかったと素直に思えたのは、百合香と椿香ちゃんが幸せに暮らしていることを確かめられたからかもしれない。
披露宴は盛大に、というのが祖父の意向だったが、再婚を理由に、友人知人を招いたささやかなパーティーを開くだけに止めた。
会場は、征二さんの知り合いが経営している郊外のイタリアンレストラン。
料理とドリンクはレストラン側にお願いし、ゲスト対応などは涼と愛華をはじめとした友人たちに頼んだ。
ウエディングドレスから会場、テーブルセッティングまで。
デザインが必要なものは、すべて蒼がした。
もちろん、タダで。
その代わり、彼のブランドを宣伝するために、写真を撮らせてほしいと言われている。
蒼がデザインした衣装を着た新郎新婦――わたしと蓮を含めて、だ。
もともと、注目を浴びることには慣れていない。
それが、不特定多数の目にさらされるモデルなんて、緊張しないわけがない。
「行くわよ、椿。蓮さんが待ちくたびれちゃうわ」
「はぁい……」
「もうっ! 幸せな花嫁スマイルはっ!?」
「モデルでも女優でもないんだから、何もないのに笑えないわよ」
「はぁ……まったくもう……いいわ。どうせ、蓮さんを見たらデレデレになるんだし」
「……ならない」
「なるわよ。さっきモーニング姿の蓮さんを見たんだけど、ものすっごくかっこよかった。会場中の女性の熱いまなざしを一身に集めていたわ。ほんと……目の保養よね」
「そ、そんなに?」
「ひと目ぼれしてもおかしくない」
「し、新郎なのに?」
「好きになったら、そんなもの関係ないでしょ」
「…………」
「だから、幸せな姿を見せつけないとねっ!」
むき出しの背中では手形が残るので、愛華はパンッとわたしのお尻を叩く。
(いったぁ……)
「入るわよ」
見知った顔が並ぶ中、ひな壇のある奥へと進む。
てっきり、蓮が先に待っていると思ったのに、姿が見当たらない。
キョロキョロしながら愛華と共にひな壇の前に立つ。
事前の打ち合わせでは、蓮がゲストに挨拶をして、司会兼なんでも屋を務める涼が乾杯の音頭を取ることになっていたはずだ。
「ねえ、愛華……」
「しっ!」
黙れ、と愛華に目配せされ、落ち着かなくてもぞもぞしていたら、涼がグラスをスプーンで叩いた。
ざわついていた会場が一瞬でしんとなる。
「本日は、お忙しい中、蓮さんと椿さんの結婚祝いパーティーにお越しいただき、ありがとうございます! 堅苦しいことはなし、ゲストには美味しい料理と会話を楽しんでもらいたいという二人の意向を受けて余興などは予定していませんでしたが……つい先ほど、新郎からぜひやりたいことがあると相談を受けました。みなさんにも、ご協力いただきたいいのですが、かまいませんでしょうか?」
ゲストから、同意を示す拍手が返って来ると、涼はにんまり笑った。
「お座りの席に薔薇が置いてある方。僕のように、それを持って立っていただけますか?」
テーブルのあちこちから、椅子を引く音、はやし立てる声などが聞こえ、涼と愛華を含め、全部で十二人の男女が立ち上がった。
それぞれ、色とりどりの薔薇を手にしている。
「いまから、新郎の蓮さんがみなさんのところへ伺いますので、薔薇を渡してください」
いつの間にか会場の入口にいた蓮は、なめらかな光沢が美しいグレーのモーニングコートに、シルバーのネクタイ姿だ。
爽やかな雰囲気がよく似合う。
(何を着ても似合う……)