二度目の結婚は、溺愛から始まる

蒼は、フットワークが軽いため、傍から見ると思い付きで行動しているようにしか見えない。が、よく言えば用意周到、悪く言えば腹黒なところがある。


(とりあえず、一晩寝てから考えよう……)


一旦返事を保留にし、次のメールへ移る。


(次は……ん? お母さま?)


久しぶりに届いた母親からのメールを読み進めていくうちに、血の気が引いた。
ベンチから立ち上がり、店へ駆け戻る。


『ジーノっ!』

『どうしたんだい? ツバキ。そんなに慌てて……』


カウンターで、常連のおじさんと話していたジーノが目を丸くする。


『わたし、日本に帰らなきゃならないのっ!』

『帰るって……いつ?』 

『いますぐよっ!』

『いますぐ? どうして?』

『お祖父さまが倒れたのっ! すぐに、すぐに戻らなきゃ……』


わたしにとって、祖父は父親のような存在だ。

幼い頃は、願いをなんでも叶えてくれる魔法使いだと思っていた。
大人になってからも、厳しく横暴なところはあれど、わたしたち家族のことを本当に大事にしてくれていた。

孫であるわたしや兄だけでなく、父と離婚して九重とは縁を切った母にまで、惜しみなく援助してくれたのだ。

母からのメールには、そんな祖父が体調を崩して入院していると書かれていた。


『なんてこったい! そりゃ大変だ』

『すぐに帰ったほうがいい』

『誰か、空港まで送ってやりなよ』


バールにいた客たちが口々に意見を言い出し、騒然となる。

ジーノが瑠璃へ電話してくれたようで、五分と経たずに、バンパーがボコボコになった車が店の前に横付けされた。


「椿! 乗って。ジーノ! 子どもたちをお願い」

『了解!』


わらわらとバールから出てきた客たちが、ジーノと一緒に車から三人の子どもたちを降ろす。


「ごめん、瑠璃」

「話はあと。まずは、あんたのアパートへ寄って、それから空港へ行くわよ。いまのうちに空席調べて一番早い便を予約しなさい」


言われるままにネットで空席を確認する。
幸い、卒業旅行などのシーズンを外しているので、何とか明日には日本へ到着できそうだ。

アパートに戻るとスーツケースに当座必要なものだけを放り込み、パスポートや貴重品を手に再び瑠璃の車へ戻った。


「倒れたお祖父さんって、お父さんの方?」

「うん」

「まだ、『KOKONOE』の会長をされてるの?」

「実際の経営は兄に任せているけれどね」


現在、『KOKONOE』のすべてを取り仕切っているのは、取締役社長を務める兄の(まさき)だ。

本来その地位にあるべき父は、八年前に海外支社へ異動という名の左遷となったきり、日本には戻っていない。おそらく、祖父の目の黒いうちに、戻ることは無理だろう。

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