二度目の結婚は、溺愛から始まる
「蓮っ! 降ろしてよっ!」
運転席の蓮は、わたしの抗議を無視して話題を変える。
「ジェットラグは?」
「多少はあるけど、大丈夫」
「横になればいい。少しは楽になる」
「だからっ……」
「行先は、K総合病院でいいな? 会長のところへ行くんだろう?」
世間に公表はしていないが、管理職クラスならば会長の動向を知っていて当然だ。祖父を慕っているわたしが慌てて帰国した理由を想像するのは、さほど難しいことではない。
「会長の容態は?」
「詳しいことは、わからないわ」
祖父はもう八十を越している。
ちょっとした怪我や病気でも、命にかかわるだろう。
そんなわたしの不安と心配を見透かしたように、蓮は慰めの言葉をかけてくれた。
「元気なお方だが、年が年だからな。大事を取っての入院だろう。久しぶりに椿に会えば、きっと元気になる。長い間、顔を見せていなかったんだろう?」
「ええ……六年ぶりよ」
「六年か……」
しみじみと呟く声に、流れた時の長さを感じた。
重くなりかけた空気を振り払うように、無理やり言葉を紡ぐ。
「わたしにとっては、あっという間だったけれど。覚えることも、やるべきことも多くて、毎日が飛ぶように過ぎていったから」
「バールで働いていると柾から聞いた。バリスタとしての腕も、相当上がったんだろうな?」
わたしたちの縁は七年前に切れたが、兄と蓮の友情は続いている。
お節介な兄は、蓮が知りたくもないだろうわたしの近況を報告していたようだ。
「どうかしら。大会に出たりしていたわけじゃないし」
「挑戦しないのか?」
「競い合うのは、好きじゃないから。権威のある人たちに認められるより、いつも来てくれるお客さまに、美味しいって言ってもらえるほうが嬉しい」
「でも……バールの仕事は、立ちっぱなしだろう? 身体の調子は、どうなんだ?」
蓮は、少し間をおいて、気まずい話題を持ち出した。
「問題ないわ。長時間のフライトだったから、ちょっと辛かっただけ」
「そうか」
沈黙が、わたしたちの間に、埋めることのできない深い溝があることを知らしめる。
目をつぶれば、何もかもが壊れた瞬間が、鮮やかによみがえった。
眼の前に迫る黒いボディのスポーツカー。
ブレーキを力いっぱい踏んでも、止まらない車体。
軋むタイヤの音。サイドブレーキ。急ハンドル。
全身を襲った、衝撃。
そして、失ったもの――。
(ダメだ……とにかく、他のことを考えなくちゃ……)
じわりと滲む冷や汗を感じ、沈黙を埋めるためだけに言葉を繋ぐ。
「れ……雪柳さんは、いまも営業に? 今日は出張の帰り?」