二度目の結婚は、溺愛から始まる
相手が別れた夫でも、気まずくならないよう礼儀正しく会話を続けるのが大人の対応だ。
それに、わたしのことばかり暴かれるのはフェアじゃないし、質問すれば自分が話さずに済む。
「いいや。二年ほど前、異動になった。いまは財務経理部にいる。滅多に出張はないが、今回はイレギュラーだ」
「もう課長……ではないんでしょうね?」
七年前、もうすぐ課長になると言っていたから、さらに昇進していることだろう。
「部長だ」
「次は、専務か常務取締役ね」
「そうとも限らない。大きなミスをすれば、辞めなくてはならないだろうし、嫌気がさして転職したくなるかもしれない。放浪の旅に出たくなることだって、あるかもしれない」
「冗談はやめてよ。仕事の鬼のくせに」
わたしが知っている雪柳 蓮という人は、仕事以外のことは二の次で当たり前だった。
「そうなろうと思って、なったわけじゃない。仕事をする以外に、どう過ごせばいいか、わからなかっただけだ。どうやって休めばいいのか、わからない。典型的なワーカホリックだ」
「いまごろ気づいたの?」
結婚するまでも、結婚してからも、二人でゆっくり過ごした記憶はほとんどない。
「気づかないよりは、マシだろう?」
バックミラー越しに、目が合う。
「気づいたところで、どうしようもないことなら、気づかないほうがいいんじゃなくて?」
「気づかなければ、問題があることすらわからない。問題があるとわからなければ、解決策を見つけられない」
真実の持つ破壊力は、想像もつかないほど大きい。
そうとは知らずに暴こうとしたわたしは、何もかも失った。
「……わたしは、見たくないものを見ずに済むなら、目をつぶる。何も知らないほうが、幸せでいられるもの」
七年前は、感情をコントロールし、正しい道を選べる「大人の女」ではなかった。
七年経ったいまは、予期せぬ出来事に遭遇しても、表面上は取り乱さずにいられるほど「大人」になったが……。
(……完璧には、なれないわね)
ハンドルを握る蓮の左手に、結婚指輪がないことを確認してしまう。
指輪をしていなくても、独身だとは限らない。
独身だとしても、恋人がいないとは限らない。
――あの人と繋がっていないとは限らない。