二度目の結婚は、溺愛から始まる
「夢も想いも、叶えたいなら行動あるのみだ。初めてこの店に来た時のように、情熱的にまっすぐぶつかって、愛を告白すればいいんだよ」
そう言う征二さんの声には、どこか笑いが含まれていた。
「征二さん……馬鹿にしてません?」
「馬鹿にはしてないよ。面白い子だな、とは思ったけど」
「………」
三年ほど前、初めてこのお店を訪れたわたしは、征二さんのコーヒーに感動し、無給でもいいからアルバイトさせてほしいとお願いした。
ちょうど求人の貼り紙をするつもりだったと言って、征二さんはその場でわたしを雇ってくれたのだが、あとで「あんな熱烈なコーヒー愛の告白は、初めて聞いた」と笑われた。
「何事も経験。上手くいってもいかなくても、得られるものがきっとあるよ」
「でも、もしダメだったら……」
このお店で彼と顔を合わせるのが辛くなってしまう。
そう言いかけた時、カウンターの端に彼が現れた。
「会計、いいかな?」
微笑みかけられて、一瞬ぼうっとしてしまった背中を征二さんに押される。
「は、はい! お会計……失礼します」
トレーに置かれた伝票とお金を受け取ると、俯く視界に白いものが差し出された。
「あの……?」
「もし、インテリア関係で何か欲しいものがあったら連絡して。サービスできると思うから」
受け取った名刺には、涼しげな雰囲気にぴったりの名前がある。
『雪柳 蓮 YUKIYANAGI REN』
(蓮……か。うん、そんな感じがする)
つい頬が緩みそうになったが、下部に印刷された会社名を見てギクリとした。
「それ、社用携帯の番号だけど、遠慮せずに架けてもらってかまわないから」
「は、はい……」
「念のため、名前を聞いてもいいかな?」
「こ……あ、雨宮 椿です」
変わったばかりの苗字をまちがえそうになり、慌てて言い直す。
両親の離婚に伴い、わたしは母の籍に入り、「雨宮」を名乗ることにしたのだが、一週間も経っていない。
まだ、慣れることができずにいた。
「椿さん、今日はどうもありがとう。マスター、また寄らせてもらいます」
「お待ちしています」
「じゃあ、電話待ってるよ。椿さん」
彼の姿がドアの向こうに消えた途端、わたしはへなへなとしゃがみこんだ。
「椿ちゃん? 大丈夫?」
心配そうにのぞき込む征二さんに、「大丈夫です」と答えたが、内心ちっとも大丈夫ではなかった。
彼の名刺に印刷されていた社名は、大手家具メーカーの『KOKONOE』。
わたしの父方の祖父が会長、父が取締役社長、兄が戦略企画室の室長として働く会社だった。