二度目の結婚は、溺愛から始まる

「着実な昇進だって? 蓮さんは、あのまま営業にいたら、もっと早く出世していたはずだよ。それが……財務経理へ異動になったのは、倒れたからだ」

「え……?」

(倒れた……? 倒れたって……どういうこと?)

「あの人……病気なの?」


震える手を握りしめ、恐る恐る訊ねる。


「涼、もうやめなってば! 椿、落ち着いて。蓮さんは病気じゃないし、いまはもう大丈夫だから……」


倒れた原因を聞かずには、愛華の言葉を信じられなかった。


「ねえ、どうして倒れたの? 涼、知ってるなら教えてよ!」

「三年くらい前に、スタッフが調理中にやけどして病院に連れて行った時、偶然救急車で担ぎ込まれて来たんだよ。おまえの兄貴が付き添っていて、少し話した。過労で軽い心臓発作を起こしたらしい。次に倒れたら軽い入院じゃ済まないって医者に警告されて、おまえの兄貴は強制的に異動させるって言ってたんだ。あれ以来、倒れたって話は聞いてないから、もう大丈夫なんだと思うけど……」


涼の話は理解したが、少しも安心できない。


「……本当に、大丈夫なの? 本当に、治ったの?」 

「そんなに気になるなら、本人に訊けよ」

「…………」


気になる。
でも、訊けない。

あの人を思いやる権利を、わたしは「離婚」で手放した。


「ねえ、椿。蓮さんともう一度やり直さないの?」


固く握りしめた手に、愛華の柔らかな手が重なった。


「……無理よ」

「椿のせいじゃないでしょう? 蓮さんだって、そんなこと思っていない」

「わたしが悪いのっ!」


わたしがバカなことをしたせいで、蓮にとっても大事なものを失った。

だから、苦しむのも、後悔するのも、わたしひとりで十分だった。

息抜きになると約束したのに、蓮に苦しい思いをさせた。
笑っていてほしかったのに、悲しい顔をさせた。
幸せにしてあげたかったのに、できなかった。

わたしが「大人」だったなら――。


「わたしには、蓮を幸せにすることはできない」

「椿……蓮さんを愛してるんだね。いまも」

「……愛してなんかない」

「愛してるだろ」

「ちがう!」

「相手に辛い思いをさせたくないと思うのは、愛でしょ?」

「愛じゃない……」


大事な人を傷つけるものが、『愛』のはずがなかった。


< 48 / 334 >

この作品をシェア

pagetop