二度目の結婚は、溺愛から始まる

平日の昼間ということもあり、店は空いていて、奥のテーブル席に案内された。


「はじめまして、だと思うのですけれど……お名前を伺っても?」

橘 百合香(たちばな ゆりか)と申します」


百合香は、色白な肌と艶やかな黒髪、目尻の黒子が色気を感じさせる和風美人だった。
清楚、という言葉がよく似合う。
黙っていても、男性にモテるだろう。


(人の好みは、それぞれだけれど……)


どうしてよりによって父のような男を選んだのか、解せなかった。


「父の子、ですか?」


わたしが百合香に確かめたいことは一つしかない。
率直に訊ねた。

ごまかしても無駄だとわかっているらしく、彼女は俯きがちに答えた。


「……はい。申し訳、ありません」


震える声で詫びる姿に、苛立ちを覚えた。

父の不倫は夫婦の問題であって、自分は部外者であるとわかっていても、つい口調が険しくなる。


「どうして謝るんです? 謝るくらいなら、最初からしなければいい」

「そう、ですね……おっしゃるとおりです」

「父とは別れたと聞いたんですが、あなたが産むつもりだと知っているんですか?」

「いいえ。九重社長には、堕ろすよう言われました。産んでも認知はしない、と。でも……」


俯いていた顔を上げた百合香は、毅然とした表情できっぱり言い切った。


「わたしは、産みたかったんです」


まっすぐなまなざしに、気圧された。

困難な道だとわかっていても、自分の中に生まれた命を守ろうとする強さを見せる彼女に、意地の悪い言葉や嫌味を返す気にはなれなかった。


「申し訳ありません」

「謝らないでください。子どもが出来た責任は、父にもあるんですから」

「産みたいというのは、わたしの我儘ですから。いけないことをしているとわかっていたのに……意志が弱くて、やめられなかった。でも、強くなりたいんです。この子のために。もう一度、やり直したいんです。だから……椿さん、どうか誰にも言わないでいただけませんか。『KOKONOE』にも奥様にも、絶対に迷惑がかからないようにしますから」


不倫をしたことがなく、子どもを身ごもったこともないわたしには、涙ぐみながら訴える彼女の気持ちを完全には、理解できない。

けれど、もし自分が蓮との子どもを授かったなら、堕ろすなんて選択肢はあり得ないと思った。

子どもに罪はない。

責任も取らず、彼女と子どもを切り捨てた父のやり方は、許せなかった。


(お母さまにはとても言えないけれど……柾やお祖父さまに、相談した方がいいかもしれない)


いくら父が認知しないと言い張ったところで、DNA鑑定で親子であることを証明し、認知裁判を起こすことは可能だ。

彼女は望まなくとも、成長した子どもが後々、望むかもしれない。

相続問題を別にしても、彼女には養育費を受け取る権利がある。

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