二度目の結婚は、溺愛から始まる
「あなたの気持ちはわかりました。でも……どうやって育てるつもりなんです?」
「実家に戻ろうと考えています。落ち着いたら、自立して、働きながら育てるつもりです」
「ご家族には、どう説明を?」
「まだ話していませんが……理解してもらえると思います」
言い淀む彼女の表情から、自信のないことが窺えた。
シングルマザーとして生きていくのは、楽なことではない。
退職金だって、そんなに多くはなかっただろう。
(育てるどころか、無事に産めるかどうかもわからないじゃないの……)
そっと溜息を吐いた時、携帯の着信音が静かな店内に響き渡った。
「すみません」
慌てて保留にしようとした彼女の顔が、わすかに目を見開く。
「わたしのことは気にせず、どうぞ出てください」
もしも相手が父なら、途中で変わってもらおうかと思いながら促した。
「すみません……失礼します。もしもし……うん、大丈夫だから心配しないで。あの、え? いまはカフェにいるけれど……そうよ。ひとりで帰れるわ。え? ま、待って! 蓮っ!」
電話口で呼びかける彼女が口にした名に驚き、コーヒーを飲む手が止まる。
百合香は切れた電話に向かって溜息を吐いた。
「すみませんでした。会社の元同僚で……」
「蓮って……もしかして、営業部の雪柳さんですか?」
手が震えそうで、カップをソーサーへ戻した。
「彼をご存じなんですか?」
逆に問い返されて、気づく。
(蓮は……わたしと結婚したことを彼女に話していない……?)
結婚式をしていないため、ごく親しい人たち以外はわたしたちの関係を知らないが、隠しているわけではない。
(彼女が愛人をしていた男の娘と結婚したとは言いづらかったから? それとも……)
心臓が異様なほど早鐘を打ち始める。
「え、ええ。兄の友人で、祖父に優秀な社員だと一度紹介されたことがあって……」
夫だと言い出せず、言葉を濁した。
「彼とは同期なんです。公私共に、とてもお世話になりました」
蓮について語る彼女の口調や表情には、どこか失ったものを懐かしむ色がある。
もしかしたら、という思いに突き動かされた。
「お付き合い……されていた?」