二度目の結婚は、溺愛から始まる
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泥の中を這い回っているように、身体がひどく重かった。
もがきながら少しずつ浮上し、目を開ける。
「……椿?」
真っ白な視界に、憔悴しきった顔の柾と涙で瞼を腫らした母が浮かび上がった。
「ま、さき……お、かあ、さま?」
「椿っ!」
「よかった、椿……」
泣き崩れる母の横で、兄が目元を拭う。
「わ、たし……どうし、たの?」
「事故ったんだよ。対向車線をはみ出して来た車と衝突したんだ」
兄が涙声で説明した事実に、うっすらと記憶がよみがえり、血の気が引いた。
「――っ!」
答えを求めて視線をさまよわせ、母と目が合った。
憐れみといたわりに満ちたまなざしに、もう「いない」のだと悟る。
「椿を守ってくれたのよ。大変な事故だったの。生きているのは、奇跡としか思えないくらいの事故だったのよ」
「……れ、ん……は?」
一瞬、母の顔が歪んだが、兄が「いまこっちへ向かっているところだ」と言った。
カーテンが引かれていたが、そこから漏れる光は明るく、夜が明けているのだとわかる。事故に遭ったのは夜だから、少なくとも一晩は経過していた。
「…………」
クリニックの前で見た、寄り添う二人の姿を思い出し、涙が溢れそうになって目を閉じる。
「もう少し、眠ってもいい?」
何も考えたくなかった。
考えたら、正気でいられなくなる気がした。
無意識のうちに、自分で自分を守ろうとしたのだろう。
慌ただしい足音がして、誰かが病室に入って来る気配を感じながら、水底に引き込まれるようにして意識が途絶えた。