二度目の結婚は、溺愛から始まる
『椿』
再び落ちた眠りは、浅かった。
胸が苦しくなるほど切ない声が聞こえ、目が覚めた。
「椿っ!?」
身を乗り出すようにして、わたしを覗き込んだのは、蓮だった。
いろんなことに考えを巡らせることができるほど、頭の中は整理されていない。
だから、浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「……橘さんと……いたの?」
蓮はハッとした顔になり、目を逸らした。
「ああ……」
どうして一緒にいたのか、訊ねても意味はない。
やむにやまれぬ事情があったとしても、蓮の行動が彼の気持ちを表している。
「橘と……」
大事なものを失って、大きなショックを受けているいまなら、何を聞かされても驚かないだろうと思った。
「一緒に昼を食べていた時、彼女が急な腹痛を訴えたんだ。病院へ運び込んで、無事出産したんだが……大量出血して、緊急手術のために別の病院へ搬送された。危篤状態を脱したのは今朝方で、その場を離れられなかった。一度、社に連絡したあとは携帯の電源を落としていて……」
声を詰まらせた蓮が目を伏せる。
握りしめた拳が震えていた。
「どっちだったの?」
「どっち、とは?」
濡れた目でわたしを見下ろす蓮に、微笑みかけた。
「彼女の子ども、どっちだったの?」
「……女の子だ」
「そう……彼女に似て、美人になりそうね? お祖父さまは、お嫁に出すまで長生きすると言うわよ、きっと」
蓮には、後悔してほしくなかった。
自分のことしか考えていなかったわたしとちがい、彼の行動は救うべき命のためのもので、何一つまちがったことはしていないのだから。
彼女が無事わたしの妹を産み落とし、一命を取り留めてくれたことを心の底から良かったと思った。
「わたしの妹を守ってくれて、ありがとう。蓮」
「…………」
大人の男の人が泣くのを見たのは、初めてだった。
「ごめんね? 蓮……」
「な……にを……? 謝るべきなのは……」
素早く涙を拭い、血相を変えた蓮の頭へ手を伸ばす。
「悪いのは、わたしなの」
これは罰なのだと思った。
彼女に向いていた蓮の心を無理に捕まえておくために、百合香を追い払おうとした。
百合香と蓮の関係を知った時、蓮を解放すべきだったのに、そうしなかった。
事故で授かった命を失ったのは、身勝手でわがままな、わたしのせいだった。
「蓮のせいじゃない。全部、わたしのせいなの」
「椿のせいじゃないっ!」
「蓮」
いま言わなければ、永遠に言えなくなるかもしれないと思った。
「……お願いがあるの」
「ああ……何だ?」
「別れたい」
「え……?」
茫然とする蓮に精一杯の笑みを向け、ずっと前に言うべきだった言葉を告げた。
「わたしと……離婚して」