二度目の結婚は、溺愛から始まる

腕を引っ張られて車から降ろされたが、歩くのが億劫で、広い背中に抱き着く。


「おんぶして」

「……ったく」


口は悪いが優しい兄は、そのままわたしを背負って歩き出す。


「ふふ……」


温かい背中は、何度も抱きしめた人と同じくらい広い。
首筋からは、わたしの好きなシトラスの香りがする。


「柾……香水、変えた?」


鼻を擦りつけると逃げられる。


「やめろ、くすぐったい」

「えー、じゃあもっとする」

「放り出すぞ」


匂いを嗅ごうとするわたしと、逃げようとする兄。
攻防戦を繰り広げている間に、部屋に着いた。


「さっさと寝ろ、この酔っ払い」


靴を脱がされ、ドスンとベッドの上に落とされた。


「はーい!」


ベッドの上に立ち上がり、鼻歌を歌いながら服を脱いでいく。


「おい、椿。待て……」


ブラジャーとショーツになったところで、兄を振り返り……、


「ここから先は、有―料―で………すっっ!?」


しなを作ってバチンとウインクしたわたしは、あり得ないものをそこに見つけて、硬直した。


「……れ、ん?」


薄暗い部屋の中、わたしの目の前にいるのは「柾」ではなかった。
そこにいたのは、ネクタイこそしていないものの、スーツ姿の蓮だ。


「で、いくらだ?」


蓮はわたしを睨み、冷ややかに訊ねる。


「え……」

「有料なんだろ? それとも……欲しいのは金じゃなく、別のものか?」

「い、いえいえい、な、にもっ――」


顔を上げ、何も欲しくないと言おうとした唇を塞がれた。


「んんっ!」


抗っても、無駄だった。

蓮は、わたしをベッドから引きずり下ろすと、自らの身体に押し付けるように抱きすくめる。

唇を割り、舌を絡め、濃厚なキスを与え続けながらも、目を閉じようとはしない。

強いまなざしは、わたしにも目を閉じることを許さなかった。

至近距離にある青みを帯びた黒い瞳には、自尊心をどこかに置き忘れてきた「女」が映っている。


「……んっ……あっ」


素肌をゆっくり撫でる手に、もどかしさが募る。
重ねるのが唇だけでは、物足りなくなる。

どうしようもない欲望に突き動かされ、キスを返さずにはいられない。


「れ、んっ……」


わたしが自分から身体を押し付けると、わずかに拘束が緩んだ。

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