二度目の結婚は、溺愛から始まる
「雪柳くんに任せておけば、まちがいはないだろう。椿、こちらは雪柳くんだ。社長賞も受賞した優秀な営業マンで、柾の学生時代の友人でもある。雪柳くん、椿はわしの孫で、大学でデザインの勉強をしている」
蓮がカフェに姿を見せなかったのは、海外に出張していたからだと知り、ほっとした。
(これからは、またカフェで会える)
にやけてしまいそうになるのを、どうにかお嬢さまらしい微笑みに作り変える。
「こんばんは、椿です」
いくら化粧をしていても、土台が大きく変わるわけではない。
わたしがカフェの店員だと気づいたのだろう。
蓮は、わずかに目を見開いたが、それ以上驚きをあらわにすることはなかった。
「こんばんは。雪柳 蓮と申します」
低く心地よい声が、耳から胸の奥へ響く。
心臓が急に鼓動を速め、嬉しさのあまりつま先がムズムズした。
「会長ご自慢の椿さんにお会いできて、光栄です」
過保護な祖父に、カフェでアルバイトしていることは、絶対に知られたくない。
初対面を装ってくれることにほっとしながら、差し出された手を握る。
軽く、しかし逃れることを許さない強さで手を握り返され、温かい優しさと強引さを感じた。
解放された時には、なぜかそのぬくもりを失うのが寂しいと思った。
「自慢だなんて……お祖父さまは孫に甘いだけです」
「そんなことはないでしょう? 『KOKONOE』の新社屋のエントランスは、椿さんがデザインしたと聞きました。やはり、将来はデザイナーを目指しているんですか?」
昨年リニューアルしたKOKONOEの新社屋のエントランスは、確かにわたしのアイデアを基に造られている。
訪れる人、働く人が壁を流れる水の音や光の反射で、心が洗われるようにと思ってデザインした。
とはいえ、実際に形にしたのは改装を請け負った建築設計事務所のデザイナーだ。
「いえ、そこまでの才能は、ありませんので……。それに、実際に造ってくださったのは、プロの方ですから」
あの頃はデザインが「一番好きなこと」だったが、いまのわたしには「もっと好きなこと」がある。
「それでも、あれは椿さんの作品だ。心が洗われるようで、自分はとても好きです」
お世辞とわかっていても、そんな風に言ってもらえるのは嬉しかった。
「ありがとうございます」