二度目の結婚は、溺愛から始まる
昔、一緒に暮らしていた頃、わたしが気に入って使っていたのと同じブランドだ。フレーバーは、もちろんチョコレート。
部屋の間取りやバスルームの作りが違うから、ここは七年前に蓮が住んでいた部屋ではない。
だとすれば、かつてわたしが使っていたもののはずはなく……。
そっと洗面台の鏡裏を覗いてみた。
ペアの歯ブラシとか、女物の化粧水なんかがあったら、ショックを受けるだろうと思いながら。
(……普通のミント味か)
女性の痕跡を示すものは何もなく、蓮のものと思われる歯ブラシと一緒に置かれていたのは、ミント味の歯磨き粉だった。
(ひとり暮らし……なのに、どういうこと……?)
気になることは、確かめずにはいられない。
「ねえ、蓮……あのチョコレートの……」
バスタオルで髪を拭いつつリビングへ戻り、キッチンに立つ広い背中に問いかけようとして、ソファーに蓮以外の「誰か」がいることに気がついた。
「おはよう、椿」
振り返った顔は、よく知っている。
「ま、柾……」
(う、嘘……本当に、来たの? どこか隠れるところは……)
逃げ場を求めて視線をさまよわせるうちに、柾は仁王立ちでお説教を始めた。
「いい年して、ひとりで帰れなくなるほど酔っ払うんじゃない! 酒を覚えたばかりの頃ならともかく、三十にもなって、酒に飲まれる女などみっともないだけだ」
「世の中のフェミニストを敵に回す発言よ? 柾」
「もちろん、男もだ!」
「たまには失敗しないと、失敗するのが怖くなるでしょう? だから、そこそこ失敗しておいた方がいいの。完璧なものより、疵のあるもののほうが、味があるわ」
「味があると言えるのは、癒えた疵だ。延々と血を流し、膿んだ疵は見ていて痛々しいだけだろうっ!? 放っておけば、そのうち自然に治るだろうと思っていたが……おまえには、荒療治が必要なようだ」
「荒療治って何よ? わたしは……」
「朝からうるさいぞ、ふたりとも。もうすぐ朝食ができあがる。大人しく座ってろ」
「…………」
「…………」
蓮に叱られて、わたしと柾はダイニングテーブルに着いた。
切り分けたバゲットに、レタスやハム、トマトなどを詰め込んだ美味しそうなサンドイッチが皿の上に並んでいる。
わたしたちが、大人げなく兄妹喧嘩を繰り広げている間に、蓮は着々と朝食の準備を進めていた。
「カプチーノにするつもりだが……エスプレッソの方がいいか?」
白いカップを三つ取り出した蓮が振り返る。