二度目の結婚は、溺愛から始まる
「ううん。カプチーノがいい」
「俺もカプチーノで」
柾は、すっかり朝食を食べて行くつもりだ。
カップに続いて、蓮が棚から取り出したのは直火式のエスプレッソメーカーだった。
グラインダーで挽いた粉をセットする手慣れた様子に、驚く。
しかも、温めたミルクをホイッパーで泡立てている。
(手際はいいけれど……)
つい、エスプレッソの分量や泡立て具合などが気になってしまうのは、完全な職業病だ。じっくり観察しようと立ち上がりかけ、振り返った蓮に睨まれた。
「緊張するから見るな」
「蓮でも緊張するの?」
「当たり前だ。俺は、小心者なんだ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。だから、入念に準備するんだよ」
言われてみれば、確かにそうだった。
蓮は、常に計画を立てて行動する。
わたしは、計画を立てても、たいていは計画と違う行動を取る。
まるで正反対。
(だから、余計に惹かれるの? 自分にはないものだから?)
そんなことを考えながら隣に立てば、蓮はちらりとわたしを一瞥し、言い訳する。
「ラテアートはできないぞ」
「そこまで期待していないから、大丈夫」
流れるように、迷いなくカップへ注がれる黒い液体に、スチームミルクとフォームドミルク。
湯気と共に広がっていくコーヒーの香りに、ほっとする。
「完成?」
「ああ」
白色とキャラメル色の対比が美しい。
完成したカプチーノを受け取って、ひと口。
エスプレッソの苦み。ミルクのまろやかさ。唇に触れる泡の滑らかさ。
許容範囲の出来栄えだ。
じっとわたしの様子を見つめる蓮に、にやりと笑って感想を述べる。
「まあまあ、ね」
蓮は眉を引き上げて、ひと言呟く。
「グラッツィエ」
「蓮、おまえも椿のカフェで働けるんじゃないか? これ、なかなか美味いぞ?」
カプチーノの完成を待ちきれず、図々しくも先にサンドイッチを頬張っていた柾が偉そうに批評する。
「じゃあ、転職するか。明日にでも、辞表を出すよ」
真顔で答えた蓮に、柾が目を見開く。
「冗談だろ?」
「冗談だと思うか?」
「蓮っ!」
仕事命の蓮がそう簡単に辞めるはずがないのに、朝から馬鹿げた言い合いをする二人に呆れてしまう。
「柾。せっかくのカプチーノが冷めるわよ?」
「ああ……」
蓮の作ったサンドイッチは、パリパリの皮とモチモチの生地に、新鮮なレタスの歯ごたえとハムの塩味、トマトの酸味が相俟って、食欲をそそる逸品だった。
美味しい朝食に、美味しいカプチーノ。
スポーツニュースや株価、共通の友人の近況を話す兄と蓮の声。
穏やかで、平和で、不思議なくらいくつろげた。
わたしたちの間には、何も起きなかったように。
あの頃の幸せが、ずっと続いていたかのように……。