二度目の結婚は、溺愛から始まる


(もう二度と、蓮とは一緒に買い物しない……)


「椿。歩き疲れただろう? 少し休憩するか」


歩き疲れたというより、精神的に疲れたわたしは、猛烈にカフェインを欲していた。


「……コーヒーが飲みたい」

「それなら、あそこにしよう」


蓮が示したのは、通りのはす向かいにある『TSUBAKI』の本店だった。


「でも……」

「帰国してから、まだ顔を出していないんだろう?」

「そうだけど……」


現在いる店舗スタッフで、わたしの顔を知っているのは一人か二人。
フロアではなく裏方で仕事をしているメンバーなので、気づかれることはないだろう。

だが、まるで抜き打ち検査のようで、何となくアンフェアな気がしてしまう。


「客の目線でサービスのチェックをするのは、経営者にとって重要な仕事の一つだ。行くぞ」


蓮は、ためらうわたしの手を引いて通りを横切り、店の扉を開けた。

そろそろディナータイムに差し掛かる時刻ということもあり、待たされることなく席に案内される。


「ご注文はお決まりですか?」

「わたしは、これをセットで」


おすすめと書かれているバスクチーズケーキとラテアート付きのカフェラテを選ぶ。


「俺は、いつもと同じで」


蓮の注文に、スタッフはにっこり笑って頷いた。


「かしこまりました」

「蓮……ここの、常連なの?」

「月に二、三度だが、六年近く通っている。『CAFE SAGE』は仕事の合間、こっちはプライベートと使い分けている」

「六年、も……?」


涼が、どうしてあんなに蓮のことを気にしていたのか、腑に落ちた。

六年もここに通い続けていたからだ。


「コーヒーの味もそうだが、ここに来ればいろんなところに『椿』を感じられる。俺にとって、唯一の息抜きだ」


蓮は微かに笑みを浮かべ、梁がむき出しの天井や店の随所にさりげなく施された椿のモチーフに、目を向けた。

『TSUBAKI』の店名は、わたしの名前が由来のひとつではあるけれど、三人の意見が「椿」のモチーフをシンボルマークにすることで一致したからだった。


「一ノ瀬兄妹は、時々、椿の様子も教えてくれたよ。彼氏ができたという余計な情報も含めて」


不愉快そうに顔をしかめ、休日モードで下ろしている前髪をかき上げる。


「あの時は、仕事に逃げることでどうにか正気を保とうとして、先に身体が悲鳴を上げて、柾に怒られた」

「わたしの、せい?」


まさか、という思いで訊ねれば、蓮は真顔で肯定した。


「そうだ。だから、責任を取ってくれ」

「責任って……」


わたしが言葉に詰まると、微かに笑って逃げ道を用意してくれる。


「いまじゃなくていい。いつか……椿が、そうしたいと思った時でいい」

「いつかって……永遠にその気にならないかもしれないのに?」


滲んだ涙を拭いながら減らず口を叩く。

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