二度目の結婚は、溺愛から始まる
「は、はいっ! 少々お待ちくださ……」
「待てないから、エプロンちょうだい」
「え?」
「予備、ないの?」
「ありますが……」
「早く!」
困惑しながらも、店員が差し出したエプロンを受け取り、スイングドアを潜ってカウンターの向こうへ入る。
素早くエプロンを身に着けると手を洗う。
「手伝うわ」
「え、でも……」
エスプレッソマシーンは、知っているメーカーのもの。
メニューは、ごく一般的なものだけだ。
ランチセットを利用する社員が多いだろうから、オーダーの大半は既製のフードとブレンドだと思われる。
「わたしが作るから、オーダー取って」
「でもっ……」
「さっき見て覚えたから、大丈夫。どこに何があるかわからないから、そこは手伝ってほしいけど」
ドリップの手順と時間は、把握済みだ。
完璧には同じ味を再現できないかもしれないが、そこは許してもらうしかない。
「ブレンドとチキンサンドイッチセットで」
「カフェラテ」
「アイスカフェオレ」
「ダージリン」
「モカ」
「ブレンド薄めで」
エスプレッソマシーンをセットし、スチームミルクを作り、ティーサーバーに紅茶を淹れ、ハンドドリップでブレンドを用意し……慣れないながらも、次々飛び込んで来るオーダーを作り続ける。
社員にとっては、リフレッシュするための貴重なランチタイムだ。
素早さと丁寧さを両立させ、かつ気持ちよく過ごしてもらわなくてはならない。
『どんなに焦っていても、笑顔を見せること。それだけで、苛立ちの大半は治まるよ。椿の笑顔は、チャーミングだからね!』
ジーノに言われたことを思い出し、引きつりそうになりながらも笑顔を保つ。
十分もすると店員に落ち着きが戻り、わたしにも社員とひと言ふた言交わす余裕が生まれたが、それは同時に余計な質問も浴びることを意味していた。
「君、新人さん? 今日は何時まで?」
「ランチタイムだけのヘルプなんです」
「どこの店舗にいるの?」
「店舗勤務はしていないんです」
「名前は?」
「雨宮です」
社員証で名前や部署をつい確認してしまうが、気安く話しかけて来るのはやはり営業部の社員が圧倒的に多かった。