熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「そんなこともあったのぅ。加えて前回は、運ばれてきた料理が若干冷めていただの、もてなしがなってなかったなどと、わざわざ常世の神に報告してくれてなぁ」
「常世の神様に?」
花が聞き返すと、ぽん太は「そうじゃよ」と頷いて息を吐く。
「そのせいで、常世の神から八雲坊がお叱りを受けたんですよ。その上、仲居を辞めさせろと虎之丞殿が騒いでいたとも言われて、我々も対応に追われて散々でした」
「実際、滞在中は勤めていた仲居にくどくど文句を言っていたしのぅ。あの爺さんのせいで仲居をしていた付喪神も自ら、"もう自分にこの仕事は務まらない"と言って辞めてしまったんじゃ」
ふたりの話を聞いた花は、全身の血の気が引いていくようだった。
昨日、「どうして自分以外の仲居がいないのか?」という花の問いに、ぽん太は「随分前に辞めてしまった」と答えたのだが、まさかこんな事実が隠されていたなどとは思いもしない。
「そもそも、極楽湯屋つくもは付喪神たちが日頃の疲れを癒やしに来る温泉宿じゃから、普通の付喪神たちは働きたがらんのじゃよ」
「ここで働いてしまったら、自分が泊まりに来られなくなってしまいますしね。だから人員を確保するのも大変なのに……あの頑固ジジイのせいで、我々の仕事は倍に増えました」
最早オブラートに包む気もなくなったらしい黒桜の話は、完全に恨み節となっていた。
「じゃが、最後は必ず調理場を任されている磨石の付喪神の登紀子さんが宥めてくれて、事なきを得るんじゃよ」
「登紀子さん、ですか?」
初めて聞く名に、花が反射的に聞き返す。