熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「ハァ……」
本日何度目かもわからない溜め息をついた花は、携帯電話を鞄の中に戻してから"あるもの"を取り出した。
それは、柄のついた木製漆塗りの手鏡だ。
普段は決して持ち歩いたりはしないのだが、今日だけは引っ越しの荷物に紛れ込まないようにと、花は自分の鞄に入れていた。
手鏡の裏面には青貝の螺鈿を活かした美しい梅の花があしらわれている。
ところどころ傷がついて禿げてしまっている箇所もあるが、鏡面は定期的に磨いているので汚れひとつ見つけられなかった。
「お母さん……ごめんね」
呟くと、花は鏡に写った自分の情けない顔をまじまじと見つめた。
この手鏡は、花が七つのときに母から貰い受けたものだった。
『これはね、代々受け継がれてきた大切な手鏡なのよ。お母さんも花のおばあちゃんから貰って、おばあちゃんもおばあちゃんのお母さんから貰って……。もうずっと前からそうやって受け継がれて、長い間私達を見守っていてくれたものなの』
花の母親は、花にそう話してくれた一週間後にこの世を去った。
つまるところ花にとっては、この手鏡は母の形見と呼べる代物なのだ。