熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「よし、割れてしまったのは残念だが、"もの"はいつか壊れるもんじゃ。嘘つき男のことも含めて、今回のことは犬に噛まれたと思って忘れるのがいい」
「忘れる……」
「本当に残念じゃったなぁ。だがしかし、そんなお前に朗報がある! 今ならもれなく、とあるお宿の主人の嫁になるチャンスが巡り巡って──って、おいっ‼ まだ話は終わっとらんぞー!!」
花の背後で、たぬきがピョンピョン跳ねて叫んでいる。
けれどそんなことはお構いなしに、花は割れた手鏡の入った金襴袋を鞄に押し込めると、一目散にその場から立ち去った。
「ハァ……っ、はぁ……。な、なにあれ……っ」
ドクドクと、花の心臓の音は不穏に高鳴り続けていた。
自然と息は切れて、たった今起きたことを何ひとつ受け止められずに、手はカタカタと震えていた。
右手に交番、左手にファミレスの明かりが見える通りを駆け抜け、国道135号まで出てきた花は必死になってタクシーを探した。
けれど生憎、日曜の夜という条件のせいか空席のついたタクシーを捕まえることはできなかった。