熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 

(あ、歩いたほうが速いかも……っ)


 花はとにかく、一刻も早くこの場所から離れたかった。

 そもそも終電の時刻を考えたら、あまり時間は残されてはいないのだ。

 なにより、たった今自分の身に起きた出来事を受け止められない。


(二本足で立ってしゃべるたぬきと会ったなんて──それ自体が、日本昔ばなしの世界だよ)


 凍えるような冬空の下、歩くよりもタクシーを探したほうが効率的なのはわかっている。

 けれど今の花は、凍えてでも歩いたほうがマシだと考えずにはいられなかった。

 とにかく早く、この場所から離れたいという思いが花の気持ちを逸らせる。

 花は熱海駅へと向かうため、国道をまたぐ横断歩道を駆け足で渡った。

 携帯電話の地図アプリで確認すると、熱海駅は北に真っすぐだ。

 けれど目の前には大きなホテル群が立ちはだかっているため、花は左手側から迂回することにした。

 すぐそこに、某大手コンビニチェーンがある。

 隣にはパーキングがあり、更に左側には【干物】と書かれた食事処があった。

 
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