熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「……あれからもう五十年。何度あのときのことを後悔したかわからない。なぜあのとき嘘でもいいから、"わかりました、あとのことは任せてください"と言えなかったのか……。先に常世へ旅立つ源翁様を、安心して逝かせてあげることができなかったのか……ずっと、弱い自分を恨んでいたの」
「傘姫様……」
「だからね。たとえ本物の源翁様でなくとも、源翁様の前であのとき言えなかった言葉を言わせてもらえたことが、嬉しかった。その上、美味しいお食事も一緒に食べることができたのだもの。こんなに幸せな日が来るなんて……この五十年、想像したこともなかったわ」
そう言うと傘姫は、花を見て今までになく穏やかな笑みを浮かべた。
「素敵な一日を、どうもありがとう。あなたのおかげで昨日という日が、とても素敵な日になりました」
優しい声は、まるで新しい朝を告げる小鳥のように美しく、花の目には自然と涙が滲んでいた。
「わ、私は、何も……っ。傘姫様のためには、本当に何もできなくて……。力不足で、本当に申し訳ありませんでした……っ」
なんとか振り絞った声は濡れていた。
花は必死に瞬きを繰り返して涙が零れないように抗ったが、何をしたところで取り繕うことはできないだろう。