熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「……傘姫、笑っていましたねぇ」
そんな花の斜め後ろでぽつりと声を零したのは黒桜だ。
「雨の降っていない道を歩いて帰る傘姫を見たのは、初めてじゃのぅ」
続けて、花の隣に並んだぽん太が言葉を添えて、尻尾を揺らす。
「私がしたことは、正しかったんでしょうか……」
見えなくなった傘姫の後ろ姿を思い浮かべながら、花は胸の前で拳を強く握り締めた。
結局、本当の意味で傘姫の心を救えたかと言われたら、頷くことはできないだろう。
傘姫はこれからも、愛する人のいない世界で付喪神として生き続けなければならないのだ。
いつ終わりが来るかもわからない場所で……たったひとりで、愛する人を想い続ける日々が始まる。
「傘姫は……本当に今回の滞在に、満足してくれたんでしょうか」
「──この晴れやかな空を見れば、答えは自ずとわかるだろう」
と、背後から声が聞こえて弾かれたように花が振り返ると、こちらを真っすぐに見つめる八雲の瞳と目が合った。
「八雲、さん……」
思いもよらない答えに、花の声が僅かに震える。
また鼻の奥がツンと痛んで、花は堪えるように胸の前で拳を強く握り締めた。