熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
(……接客中で、手の空いている従業員さんがいないのかな)
けれど時刻はそろそろ二十三時をまわろうという頃だ。忙しい時間帯は遠に過ぎているだろう。
(逆に、経費削減で夜勤の人が少ないとか?)
だとしたら、いつまでもここにいるのは危険だ。
従業員が出てくるのを待っているうちに終電時刻を過ぎてしまうかもしれないし、なにより花は先程の怪異ともなる置物たぬきが、またいつ現れるかと思うと気が気ではなかった。
(あれは本当に、なんだったんだろう……)
夢か、現実か……。
いや、度重なる不幸に見舞われた自分の心があまりに不安定になっていて、ありもしない幻覚を見たのだと、花は今、自分自身を納得させるしかない。
(だって、あんな……。まさか、たぬきの置物が、モフモフのぬいぐるみみたいな仕様になって喋りだすなんて……)
おまけに二本足で立って動いていた。あれが現実だなどと、にわかに信じられるはずがない。