熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「今の俺の話を聞いていなかったのか。グズグズするな、さっさと来た道を戻れ」
「な……っ、グ、グズグズするなって、そんな言い方……」
「現にグズグズしているだろう。とっとと出ていかないと電車もなくなるんじゃないか? それとも本当はここに、油でも売りに来たか?」
「……っ、そ、そんなわけないでしょ!! 言われなくても、出ていかせていただきます‼ お忙しいところ、大変失礼しましたっ。ああそれと、たとえ土下座をされても、もう二度とこの宿には来ませんからご安心をっ‼」
精一杯の反撃だった。
花はそれだけ言うと回れ右をして、男に言われたとおりに来た道を戻ろうとした。
(なんなのあの人……! ちょっと見てくれがいいからって、完全に人を見下してる最低男だ!!)
こんなに腹が立ったのはいつぶりだろうと思うほど、花は憤慨した。
ゲスの極み杉下に袖にされたときですら、ここまで腹を立てたりはしなかったのに──。
「──まぁまぁ、娘さん。来た早々、そんなに焦って帰ろうとせんでもええら」
けれど、そんな花の足を、聞き覚えのある声が引き止めた。
花がハッとして振り返ると案の定、先程のしゃべるたぬきが男の隣に立っている。