熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「違う。こいつは客ではなく、迷惑な迷子だ」
「ノンノン。気配は弱くなってしまっているが、お客様のお連れ様じゃよ」
「お客様の……お連れ様?」
そう言うと男は、目を細めて花を見た。
再び鋭い視線を向けられた花はまた何を言われるのかと身構えたが、男は何を言うでもなく花を観察するように見つめるだけだった。
「……チッ、」
そうして男は一瞬花の鞄へと目を落としたあと、先程と同じように短く舌を打った。
思わず花はビクリと肩を強張らせたが、男は意にも介さぬ様子で瞼を閉じて、眉根を寄せる。
「のぅ、わしの言ったとおりじゃろう。大切なお客様のお連れ様となっちゃあ、さすがのお前さんも無下にはできんら」
「……だが人だ」
「ああ。人だが、この娘も大切なお客様じゃよ」
たぬきが窘めるように言うと、とうとう男は黙り込んだ。