熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
(この人、当たり前のようにたぬきと話しているけど、一体なんなの……)
もしかして自分は悪い夢でも見続けているのだろうかと花は思う。
けれど頬を抓っても痛いし冬の寒さも感じるし、夢にしてはやけにリアルで目覚めない。
「そういうわけじゃ、娘。それでお前さん、名はなんと言うのかの」
けれど自問自答をしていたら、再びたぬきは花へと目を向け声を掛けてきた。
花は咄嗟に身構えたが、そんな花を見てたぬきはそっと微笑むと、再度柔らかな口調で静かに尋ねる。
「大丈夫じゃ。とって食おうなどとは思うとらん。お前さんの名前を知りたいだけじゃ」
その穏やかな声は、不思議と花の心の警戒を解いた。
まるで真綿に包まれたかのような安心感を与えられ、次にはそうすることが当然のごとく花は口を開いていた。