熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


(まるで長い間日に当たっていないみたい……っていうか、いつの間に?)


 花の考えていることは、顔に出てしまっていたのだろう。

 男は花を見てそっと微笑むと、僅かに頭を下げてから、改めて自分についての説明を述べた。


(わたくし)は、宿帳の付喪神の"黒桜(くろう)"と申します」

「宿帳の、付喪神……?」

「はい。ぽん太殿と同じく、今はここつくもで従業員として働かせていただいております」


 涼し気な目元をした男は、名を黒桜というらしい。


(それにしても、付喪神って……)


 たぬきの姿をしているぽん太と違って、どこからどう見ても花と同じ、人である。


「付喪神は人に使われた"もの"なので、人に似た姿をしているのが通常なのですよ」

「は、はぁ……。そうなんですか?」

「はい。ぽん太殿のほうが例外なのです。なんだかんだ人の姿をしていたほうが、勝手が良いですしね」

(勝手が良い……)


 黒桜は物腰の柔らかな青年だった。

 隣で仏頂面をして黙り込んでいる最低男とは、大違いだ。

 
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