熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


(ああ、そうだ。さっきぽん太さんは、この人のことを"八雲"と呼んでいたっけ)


 その八雲は未だに花がここにいることに納得がいかないのか、花の方を見ようともしなかった。


「それで、ご予約をいただいていた鏡子様。本日はお連れ様もご一緒にご宿泊ということで、よろしいでしょうか?」


 不意に黒桜が、花の後ろへと目をやった。

 反射的に振り向いた花は目を見張って息を呑む。


(え。だ、誰……?)


 そこには花が見たことのない、美しい立ち居姿の壮年の女性が立っていた。

 女性は葡萄(えび)色の着物を身に纏い、花を見て穏やかな笑みを浮かべている。

 思わず言葉をなくして女性を見ていた花だが、そこでようやく自分の手に持っていた手鏡と金襴袋がないことに気がついた。

 代わりに女性が着ている着物の裾には、見覚えのある青貝の螺鈿を活かした美しい梅の花があしらわれている。

 着物の帯は花が手鏡を入れるためにとネットで買った、金襴袋の柄とよく似ていた。

 
< 44 / 405 >

この作品をシェア

pagetop