熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「付喪神は百年という長い年月を生きたものだ。現世ではそういった百年以上も経つものは貴重品として扱われ、大切に保管されていることが多い」

「つまり、気軽に鞄に入れて持ち歩く人は、あまりいないということです。なので付喪神を連れた人がここを訪れるというのは、滅多にないことなのですよ」


 八雲の言葉に、黒桜がやんわりと補足した。

 確かにふたりの言うとおり、百年以上の年月を経た大切なものを、携帯電話や財布と一緒に鞄に入れて持ち歩く人はいないだろう。

 けれどそれは、花も同じだった。

 今日は引っ越しのために、たまたま鞄の中に形見の手鏡を入れて持ち歩いていただけだ。

 現に普段は家の化粧スペースの引き出しに、大切にしまいこんでいる。

 朝出掛ける前に身だしなみの最終チェックと、母への「いってきます」という声掛けのために取り出すのが、花の日課だった。

 つまり、今日は悪い偶然が重なったということだ。

 つくもに辿り着いたことを悪い偶然と言っていいのかわからないが、花にとってはとんでもないところに来てしまったという事実に変わりなかった。

 
< 46 / 405 >

この作品をシェア

pagetop