熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「そもそも、女性がひとりで夜道を歩くのも危険ですし……今の私には、彼女を守ることはできません。だから八雲さん、どうか今日は彼女とふたりでこちらに泊まらせてください。これは私の、最後の願いです」
言い終えて、鏡子は八雲に深々と頭を下げた。
その姿を見ながら、花はもうどうすることが正解なのか、わからなくなってしまっていた。
鏡子の言うことが確かであれば、もう終電は行ってしまったあとらしい。
だとすれば花は今日は、熱海市内のどこかの宿に泊まるほかない。
いくら貧乏暮らしが染み付いているとはいえ、真冬の寒空の下で野宿をする準備はしてきていないし、女ひとりでそこまでできる度胸もなかった。
何より……今鏡子が言ったとおり、花は既に、心身ともに疲れ果てていたのだ。
度重なる不幸に加え、まさかの付喪神との遭遇。
現世と常世の狭間にある温泉宿への訪問。
そしてそこで繰り広げられる夢のような出来事は、花にとってどれも想定外のことばかりだった。
(正直に言えば、もう今すぐにでも温かい布団に倒れ込みたい……)
とうとうそんなふうに考えだしたことが、花が疲れている何よりの証拠だ。