熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「八雲、鏡子もこう言っていることじゃし……」
「八雲坊、仮にも鏡子さんはつくものお客様ですよ?」
「後生です、泊めてください八雲さん……!」
ぽん太、黒桜に加えて鏡子に迫られ、八雲の眉間にシワが寄った。
そしてグッと苦虫を噛み潰したような顔をした八雲は両の袖に手を入れたまま、きれいな二重瞼を閉じて息を吐く。
「………………仕方がない」
ここまで納得のいっていない様子の「仕方がない」を、花は生まれて初めて聞いた。
けれどその八雲の返事に、ぽん太、黒桜、鏡子の三人は途端に表情を明るくして、今にも踊り出しそうなほど喜んだ。
「ありがとうございます、八雲さん……!」
「やったな黒桜、おい!」
「はい、やりましたね、ぽん太殿……!」
何やらぽん太と黒桜のふたりは、喜びの方向が少し違うような気もしないでもないが。
そして当の花は──内心で、ホッとしていた。
花にしてみたら付喪神専用の宿に泊まるなど不安でしかないが、鏡子も一緒だと思うと不思議と不安が半減する。
何より、花はとにかくクタクタだった。
クタクタ過ぎて、これ以上はアレもこれもと余計なことは考えたくはなかったのだ。