熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 

「すみません! お先にお風呂、いただきました……!」


 扉を開くと、ふわりと風が頬を撫でた。

 約十二畳ほどの客室は、踏み心地の良い畳の和室で、女ふたりで泊まるには贅沢すぎる広さだった。

 繊細な格子戸や欄間。木製の窓枠、木製の雨戸といった古き良き調度品の数々。

 それでいて部屋の隅々まで掃除が行き届いており、ホコリひとつ見つけられない。

 何より花が一番驚いたのは、窓からの眺望だった。

 エントランスからはまるで想像もつかない景色が、窓の外には広がっていたのだ。


「すごいですね……」


 花が呟くと、窓の前の椅子に腰掛けていた鏡子が「ええ」と微笑みながら相槌を打つ。


「ここは現世と常世の狭間ですから、現世では見ることができない景色も眺めることができるのですよ」


 鏡子の言うとおり、窓の外には見渡す限りの熱海の海が広がっていた。

 海の真ん中には、熱海の離島、初島も見つけることができる。

 花がつくもに来るまでの道を考えれば、マンションや建ち並ぶホテル群に隠れてしまい、海など見られるはずもなかった。

 けれどここでは何故か──二階の部屋から、なんの障害物もなく熱海の海を望むことができる。

 どこまでも続く水平線。

 夜の海には、夜空に浮かぶ月の光を反射した白い道が通っていて、とても幻想的だった。

 朝になれば、それは美しい朝日を拝めるのだろう。

 ふと下を見るとエントランス横にあるつくもの美しい庭も眺めることができ、どこまでも贅沢づくしのお部屋だった。

 
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