熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
(こんなに素敵な宿に泊まれるなんて……)
最早、花の心には感謝に近い気持ちが芽生え始めていた。
実家の父には一応温泉に入る前に、【今日は友達の家に泊まることになった】とメッセージを入れたのだが、自分だけ内緒でこんなに素敵な宿にいると思うと、父に申し訳ない気持ちになる。
(何より、ここにも携帯電話の電波が届いていることに驚いたけど……)
それは黒桜いわく、現世と常世の狭間と言ってもここは間違いなく熱海の地なのだから、当然届くに決まっているということだ。
とにもかくにも今日、花がここに泊まることができるのは全て、手鏡の付喪神である鏡子のお陰なのだ。
鏡子がいてくれたから、つくもに辿り着くことができた。
鏡子が八雲に頭を下げてくれたから……花は真冬の夜の熱海の町を、女ひとりで彷徨わずに済んだのだ。
「あの……鏡子さん、私……」
「どうしたの?」
改めて鏡子の前に立った花は、言葉と同時に勢いよく頭を下げた。
「え……花さん?」
「ごめんなさい、私……! 不注意で鏡子さんを落として割ってしまって……っ!」
けれど、そう言った花が顔を上げようとしたとき、不意に部屋の扉の向こうから声が掛けられた。