熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「さぁ、花さん。座って一緒に戴きましょう」
「あ……は、はい! ありがとうございます!」
鏡子に促された花は、用意されていた席へと腰を下ろした。
そしてそれを待っていたかのように、八雲が持ってきた膳の脚を畳んで、木目が美しい座卓の上へと静かに置いた。
「本日の夕餉には、熱海の郷土料理である"まご茶漬け"をご用意させていただきました」
「まご……茶漬け?」
花の鼻先を掠めたのは、上品なお出汁の香りだ。
目の前にはひとり用のお櫃と、注ぎ口のついた湯桶がひとつ。
膳の奥には平らな皿に乗った鯵の干物、薬味が三種に、丸い小皿には茄子の浅漬が乗っている。
そして何も入っていないお茶碗がひとつ、膳の端に置かれていた。
(これは……鯵のお刺身?)
スーパーの刺し身コーナーでよく見るやつだ。
花は思わず、小さなお櫃の中身を見つめて考えた。
(お刺身というか……こういうの、鯵のタタキって言うんだっけ?)
丸い桶の形をしたお櫃の中には、温かい白いご飯の上に彩りを添える三つ葉と、胡麻のかかった鯵の切り身が贅沢なほど乗っている。