熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「さぁ、花さん。座って一緒に戴きましょう」

「あ……は、はい! ありがとうございます!」


 鏡子に促された花は、用意されていた席へと腰を下ろした。

 そしてそれを待っていたかのように、八雲が持ってきた膳の脚を畳んで、木目が美しい座卓の上へと静かに置いた。


「本日の夕餉には、熱海の郷土料理である"まご茶漬け"をご用意させていただきました」

「まご……茶漬け?」


 花の鼻先を掠めたのは、上品なお出汁の香りだ。

 目の前にはひとり用のお(ひつ)と、注ぎ口のついた湯桶(ゆとう)がひとつ。

 膳の奥には平らな皿に乗った(あじ)の干物、薬味が三種に、丸い小皿には茄子の浅漬が乗っている。

 そして何も入っていないお茶碗がひとつ、膳の端に置かれていた。


(これは……鯵のお刺身?)


 スーパーの刺し身コーナーでよく見るやつだ。

 花は思わず、小さなお櫃の中身を見つめて考えた。


(お刺身というか……こういうの、鯵のタタキって言うんだっけ?)


 丸い桶の形をしたお櫃の中には、温かい白いご飯の上に彩りを添える三つ葉と、胡麻のかかった鯵の切り身が贅沢なほど乗っている。

 
< 59 / 405 >

この作品をシェア

pagetop