熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「まご茶漬けは、ここ熱海で愛されている郷土料理のひとつです」

「郷土料理……ですか」

「漁港でとれた新鮮な魚を、刺身やたたきにしてご飯の上に乗せ、お茶やあつあつのお出汁をかけて食べていただく、昔ながらの漁師めしです」


 "漁師めし"とは実に、熱海らしい響きである。

 お茶やお出汁をご飯にかけて食べる……ということはつまり、お茶漬けのようなものだろうか。


「まご茶漬けの名前の由来については諸説ありますが、"まごまごしてると美味しくなくなる"という理由から来ているのではないかというのが通説です」


 まごまごしていると美味しくなくなる……つまり、さっさと食べないと美味しくなくなるということだ。


「そ、それなら早速いただきます……!」


 空腹の限界と、まご茶漬けの名前の由来を聞いた花は急いで箸を手に取った。


「……お待ちください」


 すると、そんな花の手を八雲の冷ややかな声が静止した。

 花はまるで飼い主に「待て」をされた犬のような気持ちになったが、お櫃の中身に伸ばしかけた箸を止めると、飼い主さながらの八雲の顔を静かに見つめた。

 
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