熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「では、次は、これにこちらのお出汁をかけてお召し上がりください」
いよいよ、名前の通り"まご茶漬け"にするのである。
花の心が、また陽気に踊り出した。
美しい所作で着物の袖を押さえた八雲は、膳に乗っていた湯桶を手に取り、それをそっと茶碗のそばへと持ってきた。
(わ……!)
そして花が驚く間もなく、湯桶の中身を円を描くようにミニ海鮮丼へと回しかけた。
その瞬間、鯵の切り身が生と半生の狭間のような美味しい姿に変化して、ひたひたの出汁から白い湯気が立ち昇る。
同時に、なんとも言えない芳醇な香りが部屋の中に漂って、思わず花はスーっと息を吸い込み溜め息をついた。
(このお出汁の香りだけで、ご飯が進みそう……)
花の思いは、顔に出ていたのだろう。
八雲は花が聞かずとも、たった今、回しかけた出汁についての説明をしてくれた。
「こちらのお出汁は、鯵の骨と鰹節からとった特製出汁になります」
「え……お出汁も鯵からとるんですか?」
「はい。お好みの薬味と一緒に、お召し上がりください」
熱々の出汁のかかったまご茶漬けからは、ほくほくと食欲をそそる白い湯気が立ちこめている。
花は迷いながらも三種の薬味のうち残り二つの、刻み海苔とワサビを出来上がったまご茶漬けの上にそっと乗せた。
次に箸からレンゲに持ち替え、薬味と鯵のタタキ、ご飯を軽く混ぜてみる。
その間にも出汁の香りが鼻孔をくすぐり、ここが家なら花は我慢できずにガツガツと茶漬けを口の中にかき込んでいただろう。