熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「おい…………」
「え……?」
(何、これ……)
花は、自分でも気づかぬうちに泣いていたのだ。
花の頬を、温かい涙の雫が音もなく零れ落ちていく。
今まで落ち着き払っていた八雲も驚いた表情で花を見つめ、花自身もまた自分が泣いているのだということに気づいて驚き、慌てて頬を伝う涙を拭った。
「え……っ!? 嘘……っ。私、なんで泣いて──」
母が亡くなって以来、涙を流すことをしてこなかった花は酷く狼狽えた。
(まご茶漬けの美味しさに感動しすぎたせい……!?)
花は一瞬そう思ったが、食べ物を食べて泣くほど自分が空腹だったと思うと情けない。
(好きになった相手が実は結婚していたと知らされたときですら、泣かなかったのに……)
それなのに空腹が満たされたことで泣くなんて、食べ物に飢えた人だと公言しているようで恥ずかしくてたまらなかった。
「ご、ごめんなさい。私、こんなふうに泣いて、みっともない──」
「……もう、泣いていいのよ」
「え……?」
そのとき、向かいに座していた鏡子が花に声を掛けた。
ハッとした花が鏡子を見ると、鏡子はまるで慈しむような表情で、花のことを見つめていた。