熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「大丈夫だから。もう十分だから、好きなだけ泣け」
優しい声。花は不思議と、懐かしい気持ちになった。
常に身近にある何かのような、それでいてどこかに忘れてきてしまったものの温かさを、八雲の自身に感じたのだ。
「う……っ、うぅ〜〜〜っ。く、悔しい……っ‼」
結果、それが引き金となった。
花は苦しげな声を漏らして八雲の着物の袖を掴むと、力いっぱい叫んだ。
「ムカつく! 嘘つき! 最低野郎〜っ! いくら遊びだったからって、少しくらい私を庇ってくれたっていいのに‼」
吐き出すだけ吐き出して、泣きたいだけ涙を流す。
今日までずっと堪えていた気持ちは意図も簡単に爆発し、涙と一緒に溢れだした。
「……っ、す、好きだったのにっ。結婚してたなら、最初からそう言ってよね……っ!! アンタを好きになった私ひとりが、バカみたいでしょ‼ アンタこそ地獄に落ちろ……っ‼ あの世に行けぇ〜っ‼」
花にはもう、恥じらいもクソもない。
内に溜まっていたものをすべて外に出すように、花は八雲に甘えてひたすら素直に泣き続けた。
♨ ♨ ♨
「……ぅ、すん」
それから、一体どれほどの時間が経った頃だろうか。
八雲の腕の中で心ゆくまで涙を流した花は、ゆっくりと身体を離した。
約十八年、堪え続けた涙は留まることを知らず、八雲の綺麗な着物の袖を湿らせている。
それでも花が泣いている間、八雲は一言の文句も言わずに花に胸を貸し続けた。