熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「す、すみません……もう大丈夫です……」
再び、すん、と鼻を鳴らした花が顔を上げると、八雲は花が泣く前と表情ひとつ変えずに「そうか」と小さな相槌を打った。
ようやく冷静さを取り戻した花は、なんだか急に恥ずかしくなって思わず頬を赤く染めて視線を下へと落としてしまう。
「あ、ありがとうございました……。それと、着物……濡らしてしまって、すみません」
八雲の着ている着物には、しっかりと花の涙が染み込んでしまったことだろう。
「着物のクリーニング代、払いますので……」
「必要ない。こちらでいくらでも処理できるから、余計なことはしてくれるな」
余計なこととは、一言多いと花は思う。
けれど散々甘えたあとでは、文句を言うわけにもいかなかった。
「え……」
そのときふと、花はある違和感に気がついた。
慌ててパッと座卓の向かいへ目を向けたが、やはり、鏡子の姿が見当たらない。
「え……あれ……? 鏡子さんは……」
もしかして、花が泣き止むまで待ちきれなくてお風呂にでも行ったのだろうか。
すると徐に立ち上がった八雲が、先程まで鏡子の座っていた場所の前に立ち、そこにある"何か"を拾い上げた。