熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「それ……」


 八雲が拾い上げたのは、鏡子の姿になる前の手鏡を入れた金襴袋だった。

 けれど、くたりとしなだれるそれは手に取らなくとも、中身がないことを想像させる。


「鏡子は先程、成仏した」

「成、仏……?」

「ああ、付喪神が常世へ旅立つ方法はいくつかあるが……。基本的には付喪神の(うつわ)となる"もの"が壊れるか、供養されて常世へ行くか。はたまた、本懐(ほんかい)を遂げて常世へ自ら旅立つかの三つに一つだ」


 花は、八雲の言っていることの意味をよく理解することができなかった。


(成仏って……それは、幽霊とかに当て嵌まるもので、付喪神はその名前の通り、神様だから関係のないことなんじゃないの?)


 花の考えていることは、また顔に出ていたのだろう。

 八雲は花を一瞥(いちべつ)したあと、金襴袋を花に向かって差し出した。


「人も幽霊もあやかしも神も、基本は同じだ。最後はみな常世へ旅立つ。鏡子はここへ来る前に既に器となる"もの"が壊れ、ほとんど付喪神としての力は残っていなかった」


 八雲に言われて花が思い出すのは、熱海サンビーチで不注意で手鏡を落として、割ってしまったことだった。

 
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