熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「だから俺もぽん太に言われるまで、お前が鏡子を連れていたことに気づけなかった。それほどまでに鏡子は弱りきっていたんだ。そして鏡子は最後の力を振り絞って、お前をここに連れてきた。そんな彼女に後生だと言われたら、お前を追い返すわけにもいかない」
八雲の言葉を聞いた花の脳裏を過ぎったのは、鏡子の縋るような言葉の数々だった。
『今の私には、彼女を守ることはできません。だから八雲さん、どうか今日は彼女とふたりでここに泊まらせてください』
『これは私の──最後の願いです』
あのときは、鏡子は母のような優しさを持っているのだと思ったが、違っていたのだ。
いや……違っていたわけではないが、鏡子は自分が花と一緒に現世には戻れないことをわかっていたのだ。
花が現世に戻るまでの間に自分の力が尽きてしまえば、花は死ぬまで現世と常世の狭間を彷徨い続けることになる。
だからあのとき、鏡子は八雲に必死に頼み込んだ。
すべては花を守るために──鏡子は最後の最後まで、付喪神としての力を振り絞ったのだ。