熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「わ、私……っ、もっと鏡子さんと話したかった……っ。今までありがとうってちゃんと伝えたかった……!」
ずっと、母の形見として大切にしてきた手鏡だった。
今日、ここ【つくも】に来るまでは花が一方的に語りかけるだけで、会話ができるなど想像もしていなかった。
だけど、今にして思えば聞きたいことも話したいことも、たくさんあったのだ。
鏡子が成仏してしまったあとではもう何もできないということは、母を亡くしたことのある花には嫌というほどわかっていた。
「わ、私……っ。最後の最後に鏡子さんを落として壊してしまって……っ。もっと大切にすることもできたはずなのに、不注意であんな姿にしてしまって、私……っ」
後悔を口にする花に、八雲が穏やかな声で言葉を添える。
「いいか、付喪神が本懐を遂げて成仏することは滅多にない。なぜなら百年以上を生きる付喪神より先に、持ち主である人のほうが常世へと旅立つからだ。大抵は器が壊れるか、そのときの持ち主によって供養されるか……その二択だ」
「にた、く……?」
「ああ。本懐を遂げての成仏は、持ち主と付喪神の心が通っていなければ起きないことだ。だからお前は、この度のことを誇っていい。鏡子が本懐を遂げて旅立てたのは、お前が今日まで鏡子を大切にしてきたからだ」
そこまで言うと八雲は、泣き濡れる花を真っすぐに見つめた。
まるで、黒く深い海のような眼差しに射抜かれた花は、息を止めて八雲の瞳を見つめてしまう。
八雲は今、どうにかして泣いている花を励まそうとしているのだろう。
(すごく、嫌な奴だと思っていたけど……)
実は優しいのではないか?と、花は八雲を見直した。