熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「というわけで、花には是非、八雲の嫁に──」
「──勝手なことばかり言うな、ボロだぬき」
そのとき、突然八雲がふたりの背後から現れた。
虚をつかれた花は「ひゃっ!」と声を上げたが、苛立ちを顔に浮かべた八雲はそんなことはお構いなしである。
「なんじゃ八雲〜、聞いとったのか」
「聞いとったのか、じゃない。何度も言うが、俺は妻など娶らない。わかったら、さっさとその女を現世へと捨ててこい。一刻も早く! 今すぐに!」
ビッ!と窓の外を指差した八雲の剣幕に、花は呆然とするほかなかった。
「そうはいってもなぁ〜、八雲」
「そうですよ、八雲坊。仮にもし、このまま花さんを現世に送り届けたとしても、花さんには無銭飲食・無銭宿泊の罪が死んだあとにまでついて回ることになります」
「罪が死んだあともついて回る……?」
物騒な言葉に驚いた花が聞き返すと、黒桜は「はい」と頷いてから言葉を続けた。
「ここでの無銭飲食・無銭宿泊は重罪になります。そして現世では罪を償えないため、花さんが死んだ暁に刑が執行されるのです」
「そ、それは一体、どんな刑に処されるんですか?」
「地獄行きです」
「じ、地獄行き……!?」
花はまさかここでも、杉下の妻にされたように地獄行きを宣告されるとは思わなかった。
しかし今回は仮にも付喪神である黒桜からの宣告だ。
先に言われたときの何倍も信憑性がある上に、現実味も十分にある。