熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「でもなぁ、八雲よ。お前さんももういい年じゃし、そろそろ嫁候補だけでも決めておかんと常世の神も黙っとらんぞ」
憤慨する八雲に向けて、ぽん太が諭すように言葉をかける。
「いい加減お前も常世の神や、わしや黒桜に、嫁はまだかとせっつかれるのも嫌じゃろう」
「そんなの知るか、どうでもいい」
「あ……では、こんなのはどうでしょう? 花さんを本当にお嫁様としてお迎えするのではなく、嫁候補としてつくもに迎え入れる……というのは」
「嫁候補?」
花が黒桜に聞き返すと、ぽん太が「それは名案じゃ!」と言ってポンッ!と軽快にお腹を叩いた。
「確かに嫁候補……花嫁修業で来ている身という名目であれば、実際に今すぐ祝言などを挙げる必要はないからのぅ」
「だから……俺は絶対、こんな女をつくもに迎え入れるなど嫌だと言って──」
「八雲。これはお前にとってもいい話でもあるぞ。花が嫁候補としていてくれたら、お前も常世の神や我々に"結婚はまだか"としつこく迫られることもなくなる」
ぽん太の言葉に、八雲が虚を衝かれたような表情をして片眉を持ち上げた。
「八雲坊も嫁問題で迫られるのが嫌なように、我々だって本当はこんなにしつこく言いたくはないんですよ」
「それに、このままではお前も、近いうちに常世の神の手引きで見合いなどさせられるかもしれん。そうなったら今度こそ、逃げ道はなくなるぞい?」
何を隠そう八雲もまた、嫁取り問題で揉めていたのだ。
八雲はつくもの主人として、いずれは所帯を持ち、跡継ぎとなる子を育てる必要があった。
けれど肝心の八雲には、恋人を選ぶどころかその気はまるでないようで……。
ぽん太と黒桜はもうずっと、頭を悩ませていたのだ。
なんとかして、八雲の嫁となる娘を捕まえなければ。そこへ来ての花の来訪。
この機を逃すまいと策を講じたふたりは見事に、今の状況を作り上げた。