熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「私も、ここを掃除すればいいですか?」
「うんにゃ、花は窓拭きからやってもらおうかの。しかしまぁ、無事に花の父上にも納得してもらえたことじゃし、今日から安心してここで働けるというもんじゃ」
ほっほっと恵比須様のように笑うぽん太は、今日もよくしゃべるたぬきだった。
そのぽん太の言葉の通り、つくもに住み込みで働くことが決まってすぐ、花は実家の父に、『都内で住み込みの働き口が見つかったから実家には帰らない』という旨の連絡を入れていた。
引っ越しの荷物を送った直後だったので、父は花が自暴自棄になったのではないかと心配していたが、「衣食住つきだから大丈夫!」という娘の元気な返事に渋々納得した様子だった。
「父上にまさか、地獄行きを回避するために付喪神専用の宿で働くことになったとは言えんしのぅ」
「それ、ぽん太さんが言います?」
思わず花がツッコミを入れると、ぽん太はご機嫌な様子で、ぽんっ!と威勢よく腹太鼓を叩いてみせた。
「ほっほっほっ。しかし、現世と常世の狭間で働くなど滅多にできん経験だぞ」
「確かにそれは、そうかもしれませんけど……」
別に経験できなくても良かった、と花は口を尖らせる。
「つくもの歴史は古くての。もう数百年、この場所で宿を構えておる。そしてわしは、つくも一の古参で、黒桜はその次に古株じゃ。これまでも多くのお客様をお迎えしてきたが、誰もみな帰るときには大満足で現世へと戻っていくもんじゃ」
その話は花が昨日、ぽん太から嫌というほど聞かされたものだった。
つくもは歴史あるお宿で、全国津々浦々の付喪神様たちから愛されている場所なのだというのは、耳にタコである。