熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「それで、今週末はどんな付喪神様がいらっしゃるんですか?」
なんとか話題を変えたいと思った花は服の袖を捲ると、用意されていた雑巾を絞りながら質問を投げた。
花がつくもに来たのは日曜の夜だった。
そして昨日の月曜日はつくもに関する説明を受け、いよいよ仲居としての仕事を始めた今日は火曜日だ。
今週の平日は宿泊客の予約は入っておらず、次にお客様が来るのは土曜日だというところまで、昨日、宿帳の付喪神である黒桜から聞いていた。
「そうだ、そうじゃった。次の宿泊客は──ううん? 誰じゃっけ?」
「誰じゃっけって、ぽん太さん……」
「常連客である、掛軸の付喪神の"虎之丞"殿ですよ」
「え……っ、わぁ……っ!?」
そのとき、花の眼前にドロン!という効果音でもつきそうなほど予告なく、宿帳の付喪神である黒桜が現れた。
黒桜は今日も艶のある長い黒髪を後ろでひとつに結っていて、桜模様のあしらわれた黒い着流しをまとっている。
(ビ、ビックリした……!)
黒桜の登場の仕方に腰を抜かしそうになった花は、バクバクと高鳴る胸に手を当てた。
「お、お願いだから普通に現れてください! 心臓に悪すぎます!」
「ああ、すみません。歩くより、こうして現れたほうが早いので、ついついドロンとしてしまいました」
花の抗議など、なんのそのだ。
加えて本人も一応、ドロンと登場した自覚はあるらしい。
見た目は人の成りをしているのだから、せめて人らしい行動をとってほしいと思う花は多分、"人"としては間違っていないだろう。