熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「それで、今週末はどんな付喪神様がいらっしゃるんですか?」


 なんとか話題を変えたいと思った花は服の袖を捲ると、用意されていた雑巾を絞りながら質問を投げた。

 花がつくもに来たのは日曜の夜だった。

 そして昨日の月曜日はつくもに関する説明を受け、いよいよ仲居としての仕事を始めた今日は火曜日だ。

 今週の平日は宿泊客の予約は入っておらず、次にお客様が来るのは土曜日だというところまで、昨日、宿帳の付喪神である黒桜から聞いていた。


「そうだ、そうじゃった。次の宿泊客は──ううん? 誰じゃっけ?」

「誰じゃっけって、ぽん太さん……」

「常連客である、掛軸の付喪神の"虎之丞(とらのじょう)"殿ですよ」

「え……っ、わぁ……っ!?」


 そのとき、花の眼前にドロン!という効果音でもつきそうなほど予告なく、宿帳の付喪神である黒桜が現れた。

 黒桜は今日も艶のある長い黒髪を後ろでひとつに結っていて、桜模様のあしらわれた黒い着流しをまとっている。


(ビ、ビックリした……!)


 黒桜の登場の仕方に腰を抜かしそうになった花は、バクバクと高鳴る胸に手を当てた。


「お、お願いだから普通に現れてください! 心臓に悪すぎます!」

「ああ、すみません。歩くより、こうして現れたほうが早いので、ついついドロンとしてしまいました」


 花の抗議など、なんのそのだ。

 加えて本人も一応、ドロンと登場した自覚はあるらしい。

 見た目は人の成りをしているのだから、せめて人らしい行動をとってほしいと思う花は多分、"人"としては間違っていないだろう。

 
< 94 / 405 >

この作品をシェア

pagetop