熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「……八雲さんにとっても、虎之丞さんが因縁のある相手ってどういうことですか?」


 花が尋ねると、ぽん太と黒桜は難しい顔をして押し黙った。

 掴みどころもなく、口を開けば嫌味しか言わない、いけ好かない男。

 それが花から見た八雲の評価であったが、付喪神に対しては知識も懐も広く、慈悲深い一面を思わせていた。


「てっきり八雲さんは、付喪神様に"だけ"は優しいのかと思ってましたが……」


 八雲は涙を流す花に一応胸を貸してくれたものの、優しかったのはその僅かなひと時だけだった。

 けれど、鏡子には最後まで優しかったように思う。

 鏡子は八雲のおかげで、本懐を遂げての成仏ができたと言っても過言ではない。


「ええ、まぁ、基本的にはそうですね。でも虎之丞殿に関しては、前回、虎之丞殿がつくもに訪れたときに色々な問題を起こしたことが原因で……」


 苦笑いをこぼす黒桜は言葉を濁した。


「色々な問題って?」

「まぁ、八雲坊はあれでも立場上、面倒事を一手に引き受けているのですよ。だから虎之丞殿に抗議をされたときも、八雲坊は──」

「黒桜、部外者に余計な話しをするな」


 そのとき、凜と廊下の空気が締まった。

 花が弾かれたように振り向くと、落ち着きのある錆鼠色(さびねずいろ)の着流しをまとった男の黒い瞳が、真っすぐにこちらを睨んでいた。

 
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