熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 


「おお、八雲。ちょうどいいところに来なさった」


 突然の八雲の登場に、花はつい身構えたが、八雲はまるで相手にする様子もなく自身の視界から花の存在を消し去った。

 一日経っても変わらない、酷く冷たい態度である。

 なぜこんなにも拒絶されなければならないのかと花は憤りを覚えもしたが、それを尋ねることすら(はばか)られるほど、八雲は全身全霊で花を拒絶していた。


「週末は、久方ぶりに虎之丞が来る。いつも以上に万全を期し、もてなしの準備を整えておく必要があるだろう」


 三人の会話をどこから聞いていたのかはわからないが、八雲は厳しい口調でそう言うと、ぽん太と黒桜を交互に見つめた。

 対して、やや辟易したような様子も見受けられる。

 完全に蚊帳の外にされた花はそんな八雲の違和感に気がつくと、心に一抹の不安を抱いてしまった。


「虎之丞さんは、そんなに難しい人なんですか?」


 今の八雲の口ぶりでは、八雲にとって因縁のある相手だということは事実らしい。

 加えて先程から難儀な客だとか、いつも以上に万全を期すだとか、心穏やかでないことばかりが聞こえてくる。

 
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